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外山恒一謁見記

 去る三・一二より一週間、私は九州福岡に遊んだ。といっても単なる遊楽ではない。勉学を修めるという大目的のためである。三・一二より遡ること数日、私は以下のような外山氏の投稿を一瞥した。第一回合宿の開催は聞き及んでいたものの予定が合わずに断念し、聊かならず悔いていた私はこれを見るや忽ち氏に信を送ったのであった。以下はその備忘録である。

 

下に提示するように先人のメモがあるので客観的参考の要素は余り意図せず、あくまでも私的備忘録を第一の旨として記す。この文を書く目的は三に大別する。一に私の備忘の用である。同会への参加を望んでいた私の友人のような諸彦の参考というのも、副次的ながら第二目的になる。第三は甚だ卑俗に過ぎるが、半年以上も放置していたブログの更新である。このブログは主に芸術就中文芸を取り扱うが、海内に冠たる政治系前衛芸術家との会見記なのだからさして問題ではあるまい。また、今後復刻作業での酷使が予想されるタイピング能力のリハビリにもなろう。

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三月十一日、前日に教養強化合宿参加のメールを送った私は返信も待たず車中の人となり、列車で西行した。平素海に馴染みの薄い私は太平洋を見るだけで感慨浅からぬものがあったが、往路で強く印象されているのはとある老人である。向かい合わせの席に座したのち、延々一時間近くも競馬について語ることを止めなかった。競馬先生長年の経験で体得した真理は「最初の二十年はどうしても負ける」だそうだ。

 

各地で観光しつつ広島に宿を取った私は、明くる日一番に福岡へ発った。夕刻の集合までに観光を堪能する心づもりであったのだ。されどもあにはからんや、九州第一の都である福岡には大宰府を別とするとさしたる観光名所も無く、しかも私の徘徊した博多駅前はその最たるものだったのである。この事は後に現地の方に聞いたのだが、これはどうもコンパクトシティ計画なるものの弊害らしい。

 

少なくない時間をオフィス街博多に浪費したのち、日暮れ時に集合場所へと向かった。そのまま集合時間まで読書をしていたのだが、集合時間になって周囲を見回すと外山氏と二名の若者が認められた。私もそちらに赴き、通り一遍の挨拶を済ませた。お馴染みの街宣車に乗って、そのまま一週間を過ごすアジトに運ばれて行った。

 

我々団アジトに着くと早速外山氏にアジトを案内され、その後私を含めた参加者三名で自己紹介をした。共産趣味やら何やらをこじらせたという東大の甘木氏と、風変わりなサークルを主宰している京大の・・・先に提示したように既に自身体験記をお書きの様だから書いて仕舞うが、サークルクラッシュ同好会会長のホリィ・セン氏である。確か外山氏の話では福岡の高校生が参加するとかしないとかの話があったが、どうやら立ち消えになったらしい。

 

しばらくして外山氏の友人方が集まって、合宿者の歓迎会が始まった。大日本愛國團體聯合時局對策協議會理事といういかめしい肩書きを持つアイドルオタクの藤村修氏や芸術弾圧機構MAINSTREAM首魁の東野大地氏らが集って来られた。後に同人誌MAINSTREAMを見てその趣向に賛同し、あの場で東野氏に委細質疑しなかったのを後悔したのは後の話。当時の私は緊張半分で襟を正し一知半解ながら外山氏の音楽談義を傾聴していたのだ。零時か一時か、確かそれ位に散会となった記憶がある。

 

翌日より朝九時から夕五時まで、一時間の昼休みを挟んでの読書会が始まった。参加者は先述の両氏と、初日の歓迎会で対面していた垂逸氏である。氏は某国最高学府に見切りをつけて中退したのち外遊、現在は福岡で勤め人という御仁。それに私を含めた四人で、外山氏を囲んでの読書会が爾後一週間続けられた。

 

合宿二日目である読書会初日に読んだのはリウスの「FOR BEGINNERS マルクスAmazon.co.jp: マルクス (FOR BEGINNERSシリーズ イラスト版オリジナル 3): エドワルド・リウス, 小阪 修平: 本である。漫画風の入門書で簡明にマルクス主義の思想的源泉や歴史的形成過程、そしてその内容が記してある、二百頁にも満たない薄い本だ。切りのいい頁までを外山氏が指定し、全員がそこまでを読了したところで質疑応答を設けて疑義を解消し、時に外山氏の解説を挟んではまた読書に戻るという形で会は進行した。一時間程度、日程の前後する日もあったような気がする。初日はこの本を読了して終了した。

 

アジトには左翼、右翼の文献がそれぞれ本棚一本分ずつあり、余暇の時間には自由に読書できた。これらの本は読書会を行った広間にあり、読書会の途中で本棚から実物を取り出しての文献紹介も一度ならずあった。他には幾許かの漫画や雑誌が廊下に、多量の映画VHSやCDがビデオルームに備えてある。浴室と洗面所、洗濯機もあってこれは勝手に利用できた。他には厨房があり、こちらも自由に利用できた。尤も、私は料理が不得手で殆ど行わなかったのだが。

 

例の大学生二氏と私はアジトに泊まり込み、勤め人の垂逸氏は夜には仕事のためアジトを離れた。初日の夜には外山氏の知り合いの反原発右派Z氏がアジトを訪われ、我々としばしの座談。氏は「関門は九州の生命線」とでも言いかねないような九州パトリオットで、彼が反原発運動に身を投じたのも偏にそのためらしい。その日つまり一三日に反原発右派のデモがあるとは聞いていたが、行き方が分からず私は行かれなかった。外山合宿に来るような変人の意見が何するものぞとは思ったが、頻りに残念がられていたので気の毒であった。ちなみに氏は九州保全のため反原発に投身したとのことだが、九州の原発に事があったらどうするのかちと訊いてみたいところであった。

 

事のついでに申し述べておくと、我々団アジトは非常に地理的には、少なくとも初見者には分かりにくい。最寄駅から徒歩三十分といったところである。付近にコンビニとスーパーがあるらしく、他の面々は買い物や遊びに行ったりと外出を繰り返していたが、地理感覚に乏しい私は遂にそのようなことはなく、迷っては戻り迷っては戻りという具合で合宿を終えた。早く我々団には知名度を上げて頂いて、近隣の人民に訪ねたら九州ファシスト党アジトの場所を教えて貰えるという風になってほしいものである。しかし無意識に混同しがちな我々団と九州ファシスト党の関連が未だによく分からないのだが、一体どういうことなのだろうか。

 

さて、それから二日間は特に変わったことも無く淡々と読書会である。両日で立花隆の「中核VS革マルAmazon.co.jp: 中核VS革マル(上) (講談社文庫): 立花 隆: 本を読んだ。戦後から七十年代までの左翼学生運動史を綴った本で、上下巻の上巻、1970年の海老原君事件で所謂内ゲバの端緒が始まるまでを読んだ。下巻は中核派革マル派内ゲバの過激化を書いただけらしく思想史的価値は今一つとのことだ。この本はノンセクトが手薄な点を除けば、この頃の学生運動を概観するのに適した好著だとは外山氏の言。読了後に時間が余ったので、外山氏の独自研究に基づく、現代社会に潜伏するマルクス主義革命の恐ろしいインボーについての講義を拝聴した。

 

この頃になると合宿参加者の同志諸彦とも少しならず親密となって、ホリィ・セン氏にサークラ研の研究を訊いたり、東大の甘木氏にロープシンの「蒼ざめた馬」を勧められて読んだり、また垂逸氏に来歴の話を仔細尋ねたりした。このような会に来るような参加者は曲者揃いで、読書会に匹敵しうるほどにどれもこれも興味深かった。

 

「中核VS革マル」後半の四日目には来客があった。昨夏の第一回合宿参加者で、西南学院大学アナキズム研究会会長のM氏である。アナキズム研究会について二三伺ったのち、雨宮処凛のドキュメント映画「新しい神様」を見た。周囲の面々からは存外の高評価であったが、私は興を惹くことなく若干舟漕ぎ気味であった。尚、次に見た大川興業の劇「自由自」は素晴らしかった。

 

五日目からは、二日を掛けて笠井潔ユートピアの冒険」Amazon.co.jp: ユートピアの冒険 (知における冒険シリーズ): 笠井 潔: 本を読んだ。ボードリヤールドゥルーズなどのポストモダン思想を援用してマルクス主義を批判する本だったが、まあドゥルーズの解しがたいことよ。何とかこの本を嚥下した後は、やはり余った時間を活用して八十年代以降現在に至るまでの政治運動史を、文化史などの世情を絡めながら外山氏が講義した。「青いムーブメント」という著書のあるくらいでこの辺のことには通暁されており、言うまでも無く面白かった。

 

六日目には以前外山氏の主宰した革命家養成塾「黒色クートベ」に参加したというI氏がアジトを訪った。クートベとはソ連の革命家養成塾だという。この黒色クートベ、五か月間も鄙のアジトに缶詰状態だったというから驚きだ。I氏やホリィ氏が絶賛した阿部共実の「大好きが虫はタダシくんのAmazon.co.jp: 大好きが虫はタダシくんの 阿部共実作品集 少年チャンピオン・コミックス 電子書籍: 阿部共実: 本を読んだが、確かに佳かった。

 

七日目、実質的な最終日には絓秀実の「1968年」Amazon.co.jp: 1968年 (ちくま新書): スガ 秀実: 本を拾い読みした。大部分を飛ばしたため消化不良の感はあったが、日本におけるポストモダン運動の先駆として肯定的に位置づけられがちな華青闘告発が内ゲバに拍車を掛けることにもなったという指摘など、知識のあるものだけが微苦笑を禁じ得ないような場面が散見されて合宿の成果を密かに確認できて愉快であった。絓氏流の文学的修辞についても外山氏の独自研究によって快刀乱麻を断つが如くに疑問氷解、愉快も愉快の瞬間である。外山氏にサインを頂いて悦に入ったのもこの日だった。

 

合宿の日程は七日目夜に交流会、八日目は自動解散ということで実質的には七日目が最後の日である。ネット選挙を解禁した政治活動家の本山貴春氏、我々団の眞壁良輔氏らが七日目の交流会に見えた。藤村修氏と神学論争を行って中島みゆき神への理解を深めたり、ホリィ氏・垂逸氏によるサブカル講義を受けたり、真壁氏に演劇のレクチャーを受けたりした。帰路、最寄駅までは地元の垂逸氏に案内して頂く。途上にて氏と対話したが、話すだけで活力を分けて貰えるような人であった。心残りと言えば、外山氏が早くお休みになって最後に挨拶できなかったことくらいであろうか。毎日我々の就寝するような深夜までキーボードを叩く音が響いていたくらいだからお疲れなのも仕方なかろう。ともあれ、この合宿を主宰された外山氏や、刺激を受けること少なくなかった参加者諸氏、それに来客の方々に感謝するのみである。

 

帰りに平日昼間からビールクズしたり岡崎武志さんに似顔絵を描いて頂いたりしたが、それはまた別の話。同志諸兄に連絡せねばならないので(実はメールの文面が思いつかないのでブログに逃避したのである)、この辺で擱筆とする。